アナイス第四話 - アナイスアナイスに憧れて 第四話 私だけの香り

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アナイスアナイスに憧れて 第四話 私だけの香り

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第四話 私だけの香り

 

春日「これ――この香水、なんて名前ですか?」

 

 私は手にした小瓶を差し出して、店長さんのほうを見上げた。

あまりに運命的な出逢いだったので、もしかしたら、ちょっと詰め寄るくらいの勢いだったかもしれない。

 

店長「それは、TOMMY HILFIGER(トミーヒルフィガー)tommy girl(トミーガール)ですね」

春日「tommy girl……

 

店長「柔らかい印象ですが、爽やかでポップなところもある香りですね。

 紅茶の香りにたとえられることの多い、優しくてソフトな匂いです。

アップルブロッサムやカシスフラワーがトップに来た後、

ミドルにスペアミントやマンダリンの冷静なノートが来ます。格好良いけど可愛らしい、そんな香りですね」

 

 手の中の小瓶をじっと見つめる。

この香りと出逢った瞬間、なんだか今までにない、収まるべきところに収まったような感覚があった。

同時に、純粋にこの香りをつけてみたいとも思った。

 

 こんな香りが似合う人に、私もなりたい。

 

 そうか――と、私は思う。

これが、自分の香りと出逢うってことなんだ。

 

佐々木「決まった?」

 ふと、佐々木さんが横から覗き込んでくる。

佐々木「ああ、TOMMY HILFIGER。うん、春日さんらしいんじゃない」

 

 目の前で揺れる巻き髪からは、AnaisAnais(アナイスアナイス)の香りがする。

こうして確かめても、やっぱりその匂いは佐々木さんにピッタリと合っていた。きりっとしながらも甘い、華やかで古典的な香り。

そう思うと、このままAnaisAnaisを選びたくなる気持ちもある。

 

 でも……なんだかその香りは、まだ私には早い気がした。

春日「これ、ください」

tommy girlの小瓶を差し出す。

 

店長さんはニコリと笑って、改めて私に正式なパッケージをくれた。

初めてまともに買った香水は、意外にもシンプルな形をしていた。

 

ゴテゴテとした装飾のない、するんとした透明な瓶。

でも、中央に描かれた「tommy girl」の赤文字を見ただけで、私の心はやけに浮き上がった。

 

私にも自分の香りができた。

そう思うと不思議なことに、早くこの香りに相応しい人になりたくてたまらなかった。

 

春日「佐々木さん、ありがとうございました」

佐々木「気にしないで。大したことじゃないから」

 

 お店から駅までの帰り道。畏まってお辞儀をした私を、佐々木さんはクールにかわす。

その表情は、職場仕様に戻っていた。一見冷酷にも見える涼やかな目元と、凛と引き結ばれた唇。

 

 いつもの私だったら、その顔を少し怖く思ったかもしれない。

でも、今はもう怖くなかった。

もしかしたらその顔は、AnaisAnaisに彩られた『佐々木さんの見せたい顔』なのかもしれないと思ったからだ。

 

佐々木「じゃあ私、ここからバスだから。また明日」

春日「あ……待ってください!」

佐々木「なに?」

 

 足早に去ろうとする彼女を呼び止める。

どうしても聞いてみたいことがある。

 

春日「あの……どうして私を、あのお店に連れて行ってくれたんですか?」

 

 私の問いに、佐々木さんはほんの少し眉をひそめた。その顔は、質問に答えるべきかどうか逡巡しているようだった。

たっぷり時間を取って、彼女は自分の頭に手をやった。巻かれた髪がくしゃりと揺れる。

 

佐々木「……私も転職組なの。しかも、異業種からの。知ってる?」

春日「はい。面接のときに聞きました」

佐々木「転職したての頃、私も先輩に連れて行ってもらったの。今の春日さんより、ずっとしょうもなかった新人の頃に。

……それだけ。じゃあね」

 

 まくしたてるような早口だった。

佐々木さんは半ば言い捨てるようにして、さっさとバス停の方へ向かっていった。

あまりのスピードに、私はぽかんと立ち尽くしていた。

 

 ……あの佐々木さんに、私みたいな頃が?

でも今は、そんなことより、あのバツの悪そうな照れ顔の衝撃のほうが大きい。

結局私はしばらくの間、香水の包みをぶら下げたまま、佐々木さんの消えていったバス停の方向をぼんやりと眺めていた。

 

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